東京地方裁判所 昭和40年(ワ)6730号 判決 1966年10月19日
原告 森口安次郎
被告 国
代理人 鎌田泰輝 外一名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事 実<省略>
理由
一、原告が訴外大沢喜三郎に対する原告主張の債務名義に基き、本件家屋に対し仮差押および強制執行をしたところ、これに対し、訴外長崎染五郎が、(1)原告および大沢を相手方とし、東京地方裁判所昭和三六年(ワ)第三、八五八号仮差押異議等の訴訟を提起し、原告に対しては右仮差押執行の不許を、大沢に対しては、右執行の目的である不動産所有権保存登記の抹消登記手続を請求し、また(2)原告を相手方とし、東京地方裁判所昭和三八年(ワ)第八〇七号第三者異議の訴訟を提起して右強制執行の不許を請求し、右(1)(2)の訴訟は併合審理された結果、第一審の東京地方裁判所において長崎の右請求を全部認容する旨の判決の言渡があつたこと、右判決に対し大沢は控訴の申立をしなかつたので、同人に関する部分はそのまま確定したが、原告は右判決に対し控訴の申立をなし、同事件は東京高等裁判所第一四民事部に係属したこと、原告は右控訴審に至り本案前の抗弁として、「右訴訟事件は長崎の訴訟代理人である梶原弁護士が、本件家屋につき、一方において大沢から委任ないし協議を受けながら同時に大沢を相手として提起したもので、結局弁護士法第二五条第二号に違反して提起追行したものに外ならないから、同弁護士が右併合訴訟において大沢の相被告である原告に対してなした訴訟行為も無効である」旨を主張したが、東京高等裁判所第一四民事部は、「原告主張の右弁護士法違反の抗弁は、単に長崎と大沢間の訴訟行為の効力に影響すべき事由となるに止まり、なんら長崎と原告との間の訴訟行為の効力に影響すべき事由とはならない」旨判示して右抗弁を排斥した上、原告の控訴を棄却する判決を言渡したこと、はいずれも当事者間に争いがない。
二、原告は、右東京高等裁判所の判示は違法の見解であると主張するので、この点について考察する。
弁護士法第二五条第二号は、「弁護士は、相手方の協議を受けた事件で、その協議の程度及び方法が信頼関係に基くものと認められるものについては、その職務を行つてはならない。」旨規定しているが、その趣旨は要するに、弁護士が右のような行為を行うことは、さきに当該弁護士を信頼して協議した相手方の信頼を裏切ることになり、弁護士の品位信用を失墜するものであるから、かかる行為を、法律をもつて禁止したものに外ならないのである。しかして右法意からすれば、弁護士が或る事件につき、一旦当事者から信頼され協議を受けた以上、爾后、その事件については、当該協議をなした者を相手方としての職務を行い得ないことはもちろんであるが、他面、たとえ弁護士が嘗て或る当事者から協議を受けた同一目的物件に関する紛争事件であつても、それが前記協議をなした当事者とは全然別個独立の第三者を相手方とするものである限り、これにつきその弁護士が職務を行うことは、なんら弁護士法に違反しないものと解するのが相当である。
ところで、原告が前記東京高等裁判所第一四民事部に係属していた控訴事件において主張した事実によれば、梶原弁護士は、さきに本件家屋の紛争事件について、大沢から協議ないし委任を受けていた事実があるというのであるから、もし梶原弁護士においてかかる事実があつたものとすれば、同弁護士は、爾后、右紛争に関し、大沢を相手方とする事件につき弁護士としての職務を行い得ないことはもちろんであるが、他面、本件原告は、他に別段の事情のない本件においては前記大沢とは全然別個独立の第三者であると認められるから、同弁護士が、かかる第三者にすぎない本件原告自身を相手方として職務を行うことは、たとえそれが本件同一家屋に関する紛争であるにせよ、なんら弁護士法の規定に違反するものでないことは、前説示に照らし明白というべきである。
尤も、梶原弁護士が提起した原告主張の前記仮差押異議等および第三者異議の訴訟は、その第一審においては、本件原告および大沢を共同被告としてその併合審理がなされたことは前記のとおり当事者間に争がないけれども、かかる場合の共同訴訟は、いわゆる「必要的共同訴訟」(民訴第六二条参照)ではなく、単なる「通常共同訴訟」(民訴第六一条参照)にすぎないのであつて、この点は、現在の判例学説上、普く承認されているところである。(大審院大正八年一二月八日言渡判決、民録二二五〇頁等参照)。つまり右各訴訟は、たとえそれが共同訴訟として審判された場合においても、法律的には、本件原告に対する請求と、大沢に対するそれとは別個の請求であつて、右両請求が単に便宜上、同一の訴訟手続に併合されたものにすぎず、両者は訴訟上運命を共にすべきものではなく、各共同訴訟人に対する訴訟行為の効力は、いわゆる「共同訴訟人独立の原則」に従つて各別に判断さるべき筋合のものである。
したがつて、梶原弁護士が提起追行した前記訴訟のうち、仮に大沢に対する訴が弁護士法に違反することによりその提起および追行が不適法であつたとしても、これがため、大沢とは別個独立の本件原告に対する前記訴の提起および追行までが不適法となるべきいわれはないものといわなければならぬ。
ところで、前記東京高等裁判所第一四民事部が、所論弁護士法違反の抗弁につき、原告主張の如く判示して右抗弁を排斥したのは、ひつきよう右に説示したところと同一の見解に出たものであることが認められるのであつて、右判示には、なんら違法のかどがあるものということはできない。
三、以上の次第であるから、前記東京高等裁判所第一四民事部の判示が違法の見解であることを前提とする原告の本訴請求は、その余の争点につき判断するまでもなく理由がない。よつてこれを棄却すべきものとし、訴訟費用につき民訴第八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 土井王明)
物件目録(省略)